ハルヒが髪を切った理由

また、小説『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズの話。当然のように「内容に触れます」という、いつもの注意喚起をしておきましょう。


今度は、時系列順に読んでみた。部分的に入れ違う部分もあるが、おおむね以下の順。

  1. 涼宮ハルヒの憂鬱
  2. 涼宮ハルヒの退屈』(『退屈』収録)
  3. 笹の葉ラプソディ』(『退屈』収録)
  4. ミステリックサイン』(『退屈』収録)
  5. 孤島症候群』(『退屈』収録)
  6. エンドレスエイト』(『暴走』収録)
  7. 涼宮ハルヒの溜息
  8. 朝比奈ミクルの冒険 Episode 00』(『動揺』収録)
  9. ライブアライブ』(『動揺』収録)
  10. 射手座の日』(『暴走』収録)
  11. (『サムデイ イン ザ レイン』(TVアニメ:放映第9話、構成第14話))
  12. 涼宮ハルヒの消失
  13. ヒトメボレLOVER』(『暴走』収録)
  14. 雪山症候群』(『暴走』収録)
  15. 猫はどこに行った?』(『動揺』収録)
  16. 朝比奈みくるの憂鬱』(『動揺』収録)
  17. 涼宮ハルヒの陰謀
  18. 『編集長★一直線!』(『憤慨』収録)
  19. ワンダリング・シャドウ』(『憤慨』収録)
  20. 涼宮ハルヒの分裂

サムデイ イン ザ レイン』。"someday"は副詞なのだが、名詞句にもなる"some day"として訳すと「いつか訪れる雨の日」となる。"someday"も"some day"も未来に対して用いる単語。よく言われているように、「アル晴レタ日ノ事」への対比として「或る雨の日の事」( a day in the rain )とでも訳すべきなのかどうか、考えてしまう。後者であれば、「time plane destoryed device」も、素直に「破壊された時間平面装置」(なんのこっちゃ)と訳せなくなって、ちょっと考察に困るな。
TVアニメのオリジナルエピソードであるが、谷川流氏の脚本によるものなので入れておいた。他のエピソードが原作に忠実にアニメ化されている中で、この話は原作の隙間にあるキャラクターの変化が描かれているため、谷川氏にしか書けない。
驚いたのは、小説家による脚本なのに、映像でしかできない表現がふんだんに盛り込まれていること。
余分な動作をほとんどしない長門が、何もない窓外に目を向けるタイミングも絶妙。文章にすると説明臭くなりそうだが、しなければ情景が分からない。小説では難しい描写。
あの空気感は小説では不可能であって、従ってノベライズされることもないだろう。するなら、ストーリーをそのままに、映像特有の表現をばっさり切って、小説でしかできない描写を加えるくらいしかない。それはそれで読んでみたい気もするが、別物になる。
あんまりいないと思うが、原作にしか興味がない人にもお勧めしたい。


で、時系列順に読んで気がついたことなど、脈絡もなくだらだらと書いてみる。9巻もあると、見逃しも多いな。

『涼宮ハルヒの消失』の表紙


涼宮ハルヒの憂鬱

涼宮ハルヒの憂鬱

谷川流


涼宮ハルヒの消失

涼宮ハルヒの消失

谷川流

「何を今更」と言われそうだが、『涼宮ハルヒの消失』表紙の朝倉涼子は、『涼宮ハルヒの憂鬱』表紙の涼宮ハルヒと同じポーズをとっているんだな。左右反転しているあたり、鏡の世界に放り込まれたようなキョンの気分を思わせるものがあって、ちょっとゾッとする。

ハルヒが髪を切った理由

ハルヒが髪を切った理由に、どうも確信が持てない。現実の世界で女性が髪を切ることについて、たいした理由はなかったりもするのだが、これはフィクションであって、わざわざ描写されているのであるからして、何か理由があるのだろう。
願掛けみたいなものだったのか。
ヒントは、『消失』の光陽園学院に通うハルヒが髪を切っていなかったこと。『分裂』で入団希望者に「レベルの高い質問」を要求したこと。
『消失』の世界では、記憶や記録、状況などが書き換えられていた。しかし、世界が不自然であってはならないため、変更点以外はシミュレーション結果がそのまま反映されたいたと考えられる。従って、ハルヒがやりそうなことは、実際にやったことになっていただろう。髪型七変化だって入学当初はやったんじゃないか。効果がないと結論した時点でやめたのだろう。
「効果」というのは、その髪型について「レベルの高い質問」をするような人物の登場。
ハルヒの意表を突くような「レベルの高い質問」とは、「曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?」といったものだろう。曜日ごとに髪型を変えていたのは、そういう変な質問をしてくる奴を求めていたのだと思う。ハルヒが「変だ」と思う奴を探していたのだろう。キョンは、ハルヒに「変な奴」と思われていることになる。不本意かもな。でも、「あの変な高校生」というのは、最上級の誉め言葉なのだろう。
その上、「数字にしたら月曜がゼロで日曜が六なのか?」などと言うのだ。「よく分かってるじゃない」とも思ったかも知れない。
キョンは、「ようするに俺の意見なんかどうでもいいんだな、お前は」とか言っていたが、とんでもない。どうでもよかったら、そもそも意見を求めたりしない。自分の考えと同じことを言ってほしい、でなければ賛同してほしいんだ。


雪山症候群』で、ハルヒが語った「人とは違う道を歩くようにしてきたの」のくだり。
あれはつまり、「そのおかげであんたに出会えた」と言ってんじゃないのか。
ハルヒが「普通」に振る舞っていたなら、キョンだって「普通」のことしか話さなかっただろう。ハルヒが変なことしていたから、キョンは面白そうに思って、「宇宙人対策か?」とか訊いた。「魔が差した」?よく言うぜ。


5月の連休明け初日の水曜日、ハルヒはそいつを見つけた。願いは叶った。だから髪を切った。
キョンが高校入学の日にハルヒに出会ったことを忘れないように、ハルヒは高校一年の5月6日にキョンを「見つけた」ことを忘れないだろう。


ところで、ハルヒは、当分髪を伸ばさないと思う。そういうことがあるのなら、キョンと付き合うことになったりとかしてそうだ。
だって、髪を伸ばして、その上ポニーテールなんかにしちゃったら、キョンに「似合ってるぞ」って言われたのを喜んでるみたいじゃないか。そりゃ嬉しかったんだろうが、そのわりに昼休みにあっさり髪を解いてしまったのも、飽きたからではなくて、それに思い至ったからだと思う。

時間というリソース

『消失』で、なぜキョンは三日間眠り続けねばならなかったのか。
時間というリソースは、複数同時に存在することができないことになっているのだろうか。時間軸は常に一本で、枝分かれしたりしてパラレルに流れることはできないということ。枝分かれするということは、世界が丸ごと複製されるということだから、単純に倍のリソースが必要になるわけで、どこから持ってくるんだそれ、質量保存則とか無視かい、という話ではある。まあ、無視できそうな女が一人いるわけだが、それは例外として、『陰謀』で古泉が語った推測は、後者の方が近いように思う。
消失後の12月20日までの時間は、キョンが三年前の七夕に戻るために、上書きして消してしまうことはできない。時間はパラレルに流れることができないから、同一の時系列内でキョンが緊急脱出プログラムを実行するという事実が必要になり、時空の再改変はそのあとに実施することになる。
その際、改変前の12月17日からの状況をシミュレートして12月21日に反映させることになるが、キョンをその再改変に巻き込んではならない。キョンはもう一度12月18日に戻らなければならず、シミュレーション結果をキョンにまで反映させると、その使命の記憶が無くなる。再改変の外にいたキョンに「この三日間はこういう事が起こったことになってる」と説明して覚えてもらうより、「あなたは寝てたから、この三日間のことはなにも知らない」の方が、リスクが少ないだろう。
また、長門の修正を12月18日に実行してしまった以上、20日までの存在が必要とされる時間も手をつけないわけにはいかない。長門にだって感情はあるが、控えめであれ普通の感情表現をする人間のお芝居ができるとも思えないし、なにより朝倉はもういない。だからこちらもシミュレーション結果を、三日間の各時間平面に連続して反映させたのだと思う。
すると、長門の修正のためには、12月20日に戻った方がよかったんじゃないかという点に至るわけで、まあどうなんだろうね。

『射手座の日』

射手座の日』は、つい長門に注目してしまうが、ハルヒと古泉も結構興味深い行動を見せていたんだな。


まずハルヒ
団員の身柄を賭けよう言い出したのは、古泉が語ったように負けるはずがないと確信していたからだろうが、一方でキョンが敗北も想定していることに、ハルヒは気がついた。つまり「負けたら団員を差し出そう」と本気で考えていると、キョンが受け取っているかも知れないと思う。
そこでハルヒは思い出すわけだ。キョンが、我を忘れて本気で怒ったときのことを。どんなことに本気で怒るかを。
あんな思いは、もうしたくない。食欲も失せ、キョンが誉めてくれた髪型にするくらいしか慰めるものがない事態は、もういやだ。
で、キョンの様子をうかがいつつ、こう言う。
「どうしてもって言うんだったら、まあ、あたしでもいいけどさ」


次に古泉。
長門がコンピュータ研の部活参加に同意したことについてハルヒがごねていたとき、それを諫めた。
これは、ハルヒの神的能力への心配や、『機関』の都合などとは、まったく関係がない。長門が趣味を楽しめるかどうかの問題。
そういった問題について、古泉は、いつもの微笑を顔に貼り付けて黙って見ているだけだった。ああいうことを言うのは、常にキョンだけだった。
つまり古泉は、この時点ですでに長門の気持ちを慮ったりするようになっていたわけだ。

キョンは何者?

キョンの周りには変な人間が多い。珪素構造生命体共生型情報生命素子(一発で変換できるんだな、ATOK)なんてのも登場した。
高校入学以降なら、ハルヒが引き寄せているのだろうと思えるけど、中河や佐々木はハルヒではなくてキョンの同級生だった。そして、東中には面白い人間はいなかったと、ハルヒは断言していた。いや、五年間も同じクラスになっているところからして、谷口は、まあ見てる分には面白い奴だと思っているかも知れない。なにしろ、一年生5月時点の長門が「面白い人」と言ったくらいだ。
これが、ミステリの主人公が次々に事件に遭う程度の理由なのか、キョン自身に、彼単体を観察している分には分からない、触媒的な特性があるからなのか。
『憂鬱』では長門が、『朝比奈ミクルの冒険 Episode 00』ではイツキが、「鍵」と言っていたな。『分裂』の橘の態度からも、後者のようだが。

『泣いた赤鬼』




浜田廣介童話集

『泣いた赤鬼』って知らなかったので、読んでみた。
なんて悲しい話。思わず涙ぐんでしまった。
この話を知らずに「長門は来客好きなんじゃないか」と書いた自分を誉めてやりたい。