著作権侵害の非親告罪化

著作権侵害を、著作権者が被害を訴え出なければ罪を問うことができない「親告罪」から、著作権者の訴えを不要とする「非親告罪」にしようという動きがあるという話。出遅れ感は否めないのだけど、ちょっと書いてみよう。


たけくまメモ : 【著作権】とんでもない法案が審議されている


なんだか聞き覚えがあるような気がしてブックマークをあさってみたら、こんなのが出てきた(via『The Casuarina Tree 2008年は、地震と台風と津波が一気に襲って来そうだ。』)。


また、著作権法における「親告罪」の見直しも検討する。親告罪とは、被害者が告訴をしなければ、公訴を提起することができない犯罪。過失傷害罪や名誉毀損、親族間の窃盗などがこれにあたり、海賊版販売行為も著作権法親告罪とされている。

この親告罪海賊版対策に与える影響としては、1)権利関係が複雑になっている場合には、告訴権者による侵害の立証、関係者の調整などが困難であり負担が大きくなる、2)告訴権者が中小企業、ベンチャー企業など、資力や人員の制約が大きい場合には、負担を考慮するあまり、告訴を躊躇する恐れがある、3)親告罪は、刑事訴訟法により、「犯人を知った日から6カ月を経過したとき」は告訴が不可能になるため、侵害事実の立証に時間がかかる場合には訴訟できる期間が経過してしまう――などが挙げられる。

同調査会では、営利目的または商業的規模の著作権侵害行為など、一定の場合については、著作権侵害行為を非親告罪化すべきとの方策を示した。

これは、内閣*1知的創造サイクル専門委員会という委員会で議論されているらしい。その第8回会合資料2『知的創造サイクルに関する今後の課題』(PDF)15〜17ページに、問題となっている記述がある。


著作権法における「親告罪」の見直し
悪質化・巧妙化する海賊行為を積極的に取り締まるため、著作権法における親告罪の取り扱いを見直すべきではないか。

海賊版を取り締まりたいということらしい。
親告罪だと、被害者の負担が大きいし、犯人を知ってから6箇月以内に告訴しないといけないので逃げ切られやすい。だから、非親告罪化して時間の制限や、被害者の負担を軽減しようというお話が書いてある。


これについて、非親告罪化されると、知ってる人だけがニヤリとするネタを仕込むことが多い作家やパロディなどが摘発される心配がある。そもそも、完全なオリジナルなんて存在しないのだから、作家は無意識のうちに著作権侵害と見なされることをしていないかと萎縮して、作品を生み出すことを躊躇してしまう。と危惧するのが竹熊氏。
一方で、海賊版を取り締まるのが目的だって書いてあるじゃん、という意見も多い。


どのような法律にも定められるに至った経緯や背景があるのだけど、それが成立した時点以降は条文だけが解釈されることになる。だから、竹熊氏の危惧はわからんでもない。
しかしながら、知的創造サイクル専門調査会(第8回)議事録によると、著作権侵害の告訴があっても、警察は民事には介入したがらないというのが現状であるらしい。議事録って、おしゃべりの記録なので冗長になってしまうのだが、引用してみよう(強調は引用者による)。


○中山委員
(略)
親告罪なんですけれども、これはちょっと考え直す必要があるのではないかと思います。ただ、結論的に言いますとどちらに転んでも社会はそれほど大きく変わらないだろうと思います。特許権は先年、これを非親告罪にしたわけですけれども、非親告罪にしたから何か変わったかというと全く変わっていないんです。というのは、強盗や殺人ですと警察がすぐ動いてくれますけれども、知的財産権侵害というのは基本的には民事の話ですから、うっかり警察が動くともう民事はすっ飛んでしまいますから民事不介入が大原則で簡単には動いてくれません。親告罪にしようが、非親告罪にしようが、ちゃんとした証拠を持っていて、こうこうこうですということを言わなければなかなか動いてくれないので、実際はほとんど影響ないのかなという気はいたします。
ただ、著作権は特許と比べますと侵害の範囲が広いというか、あいまいな面が多いわけです。翻案などがありますから、どれが侵害かわからない。窃盗などの場合は窃盗犯は自分は窃盗をやっているということがわかっているわけですからいいんですけれども、侵害かどうかわからないというときに、しかも第三者が告訴をして、仮に警察が動いてしまった場合にどうなるのか。権利者の方は、これは黙認しようとか、まあいいやと思っていても、実は第三者が告訴をするという場合もあり得るわけです。特に著作権は近年では全国民的に関係を持っている法律になってきましたので、こちらの方は特許とはまたちょっと違って場合によっては弊害が生ずる可能性もあるのかなという気がいたします。
(略)
○久保利委員
(略)
ただ、中山先生もおっしゃったとおり、今どういうふうになっているかというと、親告罪ですから告訴権者が必死になって証拠をそろえて訴えに行くわけです。そうしますと、基本的にはリジェクトされるわけです。やりたくないんです。それから、やる能力も余りないんです。したがって、捜査当局はなるべくならばこの著作権問題には触れたくないというふうに思っていますから、なかなか受けてくれないのですが、あれやこれや証拠書類をそろえてどうだ、これでもかと言って持って行ってもし警察がやらないのならば、それこそマスメディアに発表して警察はこういう犯人を甘やかそうとしていると言いますよというくらい脅かさないと、なかなか引き受けてくれない。その代わり、引き受けてくれたら警察のメンツにかけてもやってくれるわけです。
ということは、それだけ本気になった侵害された人がいれば警察は結局は渋々ながらでも動いてくれるというのは、実は親告罪だからそうなっているわけで、親告罪でないということになると告発はしましたよ、親告罪ではないけれども一応御通知しましたよ、捜査の端緒を与えましたと言っても、さあ動くのか。動くときに親告罪で告訴を受理してしまうと、あとはその事件をどうしたかということを報告し、内部できっちり検査をしなければいけなくなりますから、やることはやってくれますが、何もないとなるとやってくれるのかなというところがあるわけです。その意味では、私も親告罪にするということが直ちに捜査当局が非常にやりやすくなるということにはならないだろうとは思います。
ただ、もう一つ逆の手立てを立てて、例えば交通事故撲滅月間とか、交通安全週間などと同じように、とにかく著作権事件摘発強化月間みたいなものをつくって、この間できるだけそういう事件に特化して各警察は頑張りなさいというふうなことになって、今までは親告罪だったので告訴がこないと動けなかったけれども、今度は動けるようになったんですから、積極的に国民に対する啓発も含めて、捜査当局よ頑張りましょうという話がセットで出てくるならば、これは逆に効果的になるかもしれないという意味で、実は捜査当局の能力とやる気をいかに担保するかというところにかかっている。
それを何もしなければ、私は中山先生と同じ考えにならざるを得ないわけですし、そこがすごく強化されるということであればそれはプラスになる。したがって、親告罪の見直しというのは、何か別の強化策とセットにならないと真の効果は上がらないような気がいたします。以上です。

じゃあその強化策とセットになったらどうなるんだ、というご心配もあるのかもしれない。
先ほど引用したPDF、『知的創造サイクルに関する今後の課題』の16ページには、こうある。


(2)具体的方策
著作権等侵害のうち、一定の場合について、非親告罪化する。

「一定の場合」として、例えば、海賊行為の典型的パターンである営利目的又は商業的規模の著作権等侵害行為が考えられる。
営利目的の侵害行為は、その様態から侵害の認定が比較的容易であるとともに、他人に損害を与えてまで金銭を獲得するという動機は悪質である。また、営利目的ではなくても、例えば愉快犯が商業的規模で侵害を行った場合には、権利者の収益機会を奪い、文化的創造活動のインセンティブを削ぐなど、経済的・社会的な悪影響が大きい。

だからこの「一定の場合」は海賊版が対象である、みたいなことが条文に盛り込まれればいいんではないか。
知的財産戦略本部は、常時ご意見を受け付けているようなので、心配ならその旨伝えたらいいんじゃないでしょうか。法律として成立させるんであれば、パブリックコメント募集もあるだろうし。

*1:「政府」という呼称は、たいてい「行政府」を指すが、立法府・司法府を含むこともあって、どうも曖昧で好きでない。